セミリタイア(Fire mini)計画進行中

-苦渋の社畜ライフへピリオドを-

逆流性食道炎からの頭痛が痛い

もるとです。

 

先週見事に体調を崩しておりました。

fi35.hatenablog.com

その後本日まで酒を断ち、フードデリバリー等はしていたものの比較的おとなしくしていたつもりですが、体調は一向に良くなってくれません。

 

胸が重い感じがするのと、のどの奥がひっかかるような痛みがあるのに加え、今日の昼からはだんだん頭が悪く痛くなってきました。

(頭が悪いのは元からでした)

 

ずーんと頭の前の方、おでこの上あたりが痛く軽くガンガンする感じです。

いやはや参りました。

基本的に歯医者以外で健康を損なうということが少なかったため、軽いお手上げモードに突入しています。

 

さて、アマゾンはプライム会員向けにセールをしていますが、東証も時期を同じくしてセールを開催している様です。

jp.reuters.com

とはいえ、一時期に比べると日本株もだいぶ上がっている銘柄が多いので軽めの調整というところでしょうか。

NY先物は先ほど見たら反発基調でした。

本来上げる日もあれば下げる日もあるくらいが相場だと思うのですが、コロナショック以降長らく上げ相場が続いていることもあってか、たまにこうやって下げると市場に注目が集まるようになっていますね。

 

しかし。今はそんなことはいいのです。

健康が一番、お金はその次。

とりあえず、薬飲んで寝てまずは体調を万全にしていきたいと思います。

いや、体調崩すとほんとになにも楽しくありませんからね。

せっかくスシローが魅力的なキャンペーンをやっているのにこのままじゃ楽しく食べにいけないではないか。

f:id:fi35:20210621211032p:plain

(スシロー公式HPより)

軍艦食べたい…コスパ良すぎ…バリューすぎ…

こいつを食べに行くことをモチベーションに今週も一週間お仕事頑張っていきたいと思います。

それにしても頭痛がいてぇ!!

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ

これまでの仕事歴を振り返ってゆく(番外編:副業)

f:id:fi35:20210620220839j:plain

もるとです。

今日は仕事シリーズではありますが番外編として副業について書きます。

世はまさに大副業時代の幕開けの感がある昨今ですが、これまでの記事にも書いた通り非正規かつ低収入にあえいでいた自分にとって、副業は無くてはならない存在でした。

思い出して書いていきたいと思います。

 

せどりAmazonヤフオク、メルカリ)

まずは20代半ばに取り組んだせどりです。

今はもうやっていませんが、若い時にやっていて良かったと思えるいい経験になった副業です。

(最近もたまにフリマアプリを活用して不用品を売ったりはしていますが、この時はガチで仕入れて売っていました。)

 

ちょうど4年務めたコールセンターを辞めたころでした。

何かしら、自分の手でお金を稼げるようにならなければいけないと思いネットを頼りに情報リサーチしていたところ、ブログ(アフィリエイト)・せどり辺りがヒットします。

他にも何個か候補はありましたが、せどりが個人でできる副業の王道かなという結論に行きつきました。

ちょうどその頃、新しく入った職場でAmazon転売をしている人に出会います。

幸運なことにその人から色々と話を聞くことができました。

結果、これは面白そうだやってみるしかないぞと思い、善は急げと始めていくことにしました。

 

ただ、教えてくれた人はもちろん商材や仕入れルートといったところまでは教えてくれません。

そこで、自分なりの仕入れられるものを考えていったところ「家電・ギター関係機材」がよさそうだとなります。

家電については会社で扱う商材として勉強していたこともあり、ある程度は目利きできるだろうという思惑がありました。

ギターに関しては10代の頃にかなりはまり込んでいたので、機材について元々ある程度相場観ができていました。

 

ということで、街中の中古ショップを回ります。

当時は街中に出ると何かしら一つ二つは売れそうなものがあり、無事仕入れることができていました。

今でも覚えている最大額の仕入れはビデオをDVDに焼くレコーダー(?)を一気に4台買ったことですね。

45000円を一気に仕入れるのは緊張しました。

メーカーが製造終了するということを知っていたので、恐らく売れるだろうとは考えていました。

とはいえ5万円近い金額は当時の月収の約25%です。

まさに清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったのをよく覚えています。

 

幸いなことにそのレコーダーは全て買値の3倍弱の金額で売れていき、これは強烈な成功体験となりました。

 その他は電子辞書、カーナビ、ギターエフェクター、解散が決まったアイドルのDVDなど幅広く売りました。

ただ、一年ほど続けた後に思うように仕入れができなくなったことや昼間の仕事で稼げるようになってきたことが影響し自然と辞めていきました。

 

それでも、「会社で働くのではなく、自分で考えて小さい規模でもいいから商売をすれば利益は全て自分のものになる。」ということがわかったのは大きな収穫でした。

かけた労力に対し、収入の額が大きかったのも驚きでしたね。

まさに目から鱗の体験となりました。

 

●クレジットカードの販促

これは20代半ばによく土日でやった副業です。

テナント内にカウンターを構えて、お客さんにカードを進める光景を見たことがあるという方も多いかと思いますがまさにあれでした。

カウンターに座っているとかであれば楽なのですが、僕がやっていたバイト先は実際に店内をうろうろし積極的にお客さんへ声かけをしていかなければならず非常にだるかった記憶があります。

ということで、これはもうやりたくないですw

 

ミステリーショッパー

これは今でもやっています。

ご飯を食べたり、とあるお店に行って商品の見積をもらったり実際に試乗をし、その感想をレポートに提出するというものですね。

レポートが多少だるいですが、豪勢なご飯がタダで食べられたり新製品を試すことができたり普段行かないような高級テナントに行ったりできます。

報酬も悪くなく、最近実施したものでは実働3時間で6千円の案件もありました。

色々な経験ができるというところも非常に気に入っている副業です。

セミリタイアしたらミステリーショッパー三昧したいと思います。

 

●フードデリバリー

今の自分は基本的にすべての力をこの副業に注いでいると言っても過言ではないですね。

今週も土日で稼働してきました。

 

報酬は時給で低くて1000円~3000円程度。

年間でならすと1500円くらいになるのかなと思います。

雨の日は時給2000~3000円ほど行きますが、需給に大きく収入は影響される仕事です。

ただ仕事内容がシンプルなのと、誰にも干渉されずにできる自由度の高い仕事というところがものすごく気に入っています。

 

最初に配達をしたときは衝撃でしたね。

こんなことを思いました。

「(タワマンに配達、15分で500円の報酬を見て)富の再分配だ・・・」

「これで稼げるならもうきついバイトなどの副業をする必要はない」

「昼間の仕事がたとえ月給20万でもぜんぜんやっていける」

 

あれから約3年。

途中一年ほどやっていない時もありましたし、良い時も悪い時もありましたが去年から今までフル稼働し続けています。

これからも楽しく事故にあわない様に続けていければと思います。

 

 

この他にも稼げた額は少ないですが、色々手を出したものはありました。

お金がないとハングリーになります。

無いなりに考え、どうやったら稼げるか必死で取り組んだ結果が今の資産額にも少しは寄与しているのかなと思いますね。

これからも、昼の仕事+副業というコンビで稼ぎを分散しつつ楽しく働いていければと思います。

ま、最終的には完全に開放されたセミリタイア(フルリタイア)に入りたいんですんけどね。 

以上、副業の履歴書でした。

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ

若くして資金も少なくセミリタイア入りする方が出てきている

f:id:fi35:20210619225140j:plain


もるとです。

 

最近セミリタイア界隈でとある変化が起きはじめていると感じる。

それは用意周到に資金を用意し計画を練りに練ったうえでのセミリタイア(つまり王道路線のスタート)というわけではなく、少額で若くして始めようという人が増えているのではないかとということだ。

 

ちなみになぜそれを思ったかというと、ツイッターでフォローしているひこすけさんのこのツイートが発端である。

ひこすけさんはまだお若い。

fire-hiko.com

セミリタイアも来年くらいを予定されていたのかと思うが、なんと計画を前倒しして900万でスタートするとのこと。

28歳、900万でのセミリタイア、すごい!!

 

少額でのセミリタイアではミクさんが有名だと思う。

1000retire.hatenablog.com

ブログ村セミリタイアカテゴリーでも常に上位の方だ。

ミクさんのセミリタイア生活もすごい。

都心の公園で野宿したり、登山したり、150万(!)の家に住んでいたり、バイクを器用に整備されたり・・となかなか真似できない。

そのミクさんが1000万でセミリタイア入りしていて、ここが最強かと思っていたところに、なんとひこすけさんはそのミクさんを下回る(ある意味上回る)金額でのセミリタイア入り。

これはすごいことだと、個人的にはビビッと来た。

 

とはいえ、ひこすけさんの低資金でのセミリタイア決行は決して無謀な計画というものではない。

大分県杵築市移住や好きなことをして稼いでいけるので無収入にはならないことなど、綿密にプランを練られての行動、「よし、いける!」と考えられたものだというのがブログを読むと伝わってくる。

fire-hiko.com

しかしそれにしてもその行動力に驚くし、同じことの繰り返しで恐縮だが思いきりの良さには脱帽する。

 

自分も2025年のセミリタイアと銘打ってはいるが、できれば今年か来年には現状のハードモードの仕事を辞め、もう少し仕事のペースを落としつつサイドFire(収支均衡型セミリタイア)に入りたいとは思っている。

ただ、ネットの中には同じ志を抱く同志が多いものの、我々セミリタイア志望民というのは現実的にはマイノリティな存在。

そもそも、人目を気にするようではセミリタイアなんて言ってられないが、それでも将来への不安や備えをどれほど厚くするかを考えていると例え志自体を抱いていても中々行動に移すのは思いきりがいるところだ。

 

だからこそ、こうやって実際に行動している方を見るとすごいと思うし何だか励みになる。

また、もう少し柔らかくプランを練ってもいいのではないか、自分の人生における価値観はどういうところに置くのかという原点を再考する機会にもなる。

 

と、今日はそんなことをフードデリバリーの仕事をしながら考えていた。

晴れた天候が良い日に自転車に乗っているとそれだけで何となく気持ちが良くなり「生きていて良かった」と思える。

すでに、心の中では答えは出ているのかもしれない。

ぼちぼち、ゆるゆる、そして着実にセミリタイアへ向けてマイペースで頑張っていこう。

最後に、ひこすけさんセミリタイア入りおめでとうございます!

ぜひ、楽しんでいる様子をブログで発信してくださいね。

陰ながら応援しております。

そして、自分も後に続けるようがんばります^^

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ

これまでの仕事歴を振り返ってゆく③(コールセンター編その1)

f:id:fi35:20210616212747j:plain

もるとです。

今日は前回のこの記事の続きです。

 

fi35.hatenablog.com

 

 ●コールセンタースタッフとなる

社会人になり早3年が経過。

プライベートはぼちぼちでしたが、仕事は本当に楽しくなかったです。

果たしてこのまま働いていていいものか、という悩みは日々抱えていました。

 

そんな折、業種は違えど同じく肉体労働系の仕事に就いていた友人がコールセンターで働き始めます。

その様子を見ていると、何だか友人は楽しそうにしています。

そこで「コールセンターってきつくないの?」と聞いてみました。

 

実は、ホテルの仕事を始める前にタウンワークを眺めていた時コールセンターの仕事も自分の中で候補に上がったんですね。

ただ周りから「大変だからやめておきなさい。」と止められました。

特に親から強く反対されたので、当時の自分は今よりは素直だったこともあり応募しないことにしました。

 

しかし友人は「いや、そうでもないよ。」と言いどんな仕事なのかを一通り話してくれました。

聞けば聞くほど今の自分の仕事よりは良さそうです。

何より体力的には座ってしゃべっているだけなので格段に楽そうです。

次第に心が惹かれていきました。

悩んだ末、その友人の勤めるコールセンターを受けに行くことにしました。

ただなぜか「落ちたらかっこ悪い」と思い、特にその友人の紹介等は受けず、普通に応募し面接へ突撃することにしたのです。

結果は採用。早くもその週から働くことになりました。

 

●初めて自分の適性に合う仕事に就く

さて、このコールセンターですが、パートではありましたが結果的に4年間勤めることができました。

一年目に業務の基礎を覚え、二年目に他部署へ異動、三年目は元いた部署に戻り、四年目は新設された部署で働きました。

基本パート社員はこんなに動くことはないのですが、異動の募集があった時に積極的に手をあげたことや元々ある程度話すことが苦手ではなかった性格が幸いし、短期間で会社のメインからバックヤードの業務まで経験しました。

すると三年目からはバイトリーダ的な立場に就き、人生で初めてのちょっとした「出世」を経験します。

これまで板金工・ウェイターと、いずれも人に怒られてばかりで自尊心を無くしていただけの存在であった仕事ですが、この職場では初めて周りから褒められ頼りにされるという経験をしました。

それは人生で味わったことのない充実感でした。

 

 

最初はコールセンターって楽そう・・と思っていましたが、意外とそうでもないということが次第にわかってきます。

しゃべり続けるのも体力が必要、同じ内容をひたすら繰り返していると眠くなる、クレームがくるとパニクるなど、そこそこ体に負荷のかかる要素はありました。

ひたすら電話を取り続けていたら多分1-2年で辞めていたでしょうが、途中から指導的な業務と実務が半々になったこともあり、比較的に体力的には余裕を持ちながら続けることができました。

そして最後の方にいた部署では営業的な要素が強く、良い意味でプレッシャーを感じながら毎月の目標に取り組めていました。

とにかくしゃべってしゃべって商材を売りまくった。

目標を達成すると時給があがっていき、取引先からの接待も経験しました。

とても嬉しかった思い出ですね。

 

 ●初めての「学びのある」仕事

余談ですが、今の自分の持つ”仕事感”は、いまだにこの職場での経験が一番大きな影響となっています。

それは「とにかく教育が大切。マニュアルをしっかり作る。業務の勘所を実際にトラブルが起こる前に押さえておく。」というものです。

このコールセンターは人数がとにかく多かったこともあり、働いている人も色々な人がいました。

優秀な方もいればいまいち飲み込みが悪いという人、つまり個々の能力には相当な差があったと記憶しています。

しかし、脱落する人もいましたが不思議とほとんどの人はモノになっていてちゃんとセンターの一部となっていました。

それは多分、入って二週間ほどでしっかりとした研修がなされ、分かりやすい業務フローがあり、更新され続ける社内イントラが見事に機能していたからだと思います。

この職場を辞めた後に数社を非正規で回りましたが、この一連の流れがない故に人を雇っても使えていない職場というのもたくさん見ましたね。

 

もちろん、優秀な人であれば勝手に業務を覚えていくことも期待できるとは思います。

外資の破格の給料のジョブホッパーなどはその典型でしょう。

ただ、規模が大きいビジネスをやろうとなるととにかく多くの人手が必要となります。

また、優秀な人を雇いたくてもそのお金が出せない企業というのもたくさんあります。

(有名企業でも非正規だらけかとは思いますが。)

そういう意味で「そこそこの人材を最高効率で使う」には、教育・フロー・知識のアップデート、これらが大切だと今でもよく思い出します。

そして、自分が新しい仕事を始める時は自然とこういうことを意識していますね。

 

 ●色んな出会いもあり

さて、仕事の面以外ではホテルに続いてこれまた多くの人と知り合えたというのもいい職場でした。

20代前半の同年代から一回りほど上まで、年齢は違えど和気あいあいとしていました。

また、今でも仲良くしていていつか一緒に成り上がろうぜと誓っている友人ができたのも幸運でした。

あと、女の子達もやっぱ可愛かった。

ほんと会社に行っていろんな子と話している時が一番幸せでしたね。

業務を覚えるモチベーションの過多を占めていたのはここであることは間違いないです。

 

●外に出ていくことを決意する

そんな楽しかったコールセンター生活ですが、この一社目はちょうど4年間で辞めることになります。

そしてこの頃から、どちらかというと閉塞感が漂っていた自分の人生は大きく動き出すことになります。

 

この職場に勤めていた最後の方、ぼくは「もっと仕事がしたい、中心的な立場で活躍する人になりたい。」と考えていました。

周りの人も「もっとやらないか。」と言ってくれ非常に心が揺れましたが、どうしてもこの職場ではこれ以上仕事に励めない理由がありました。

それはボランティア仲間の存在でした。

この職場はボランティア活動の仲間が大変多く、彼らは仕事は二の次で生活の中心はあくまでその活動というメンバーでした。

そのメンバーがいる中で、活動をおろそかにし仕事をするのは不義理を働くようで嫌だったんですね。

 

●外に出ていくことを決意した、もう一つのショックな出来事

そして、外に出ようと思ったもう一つの大きな出来事がありました。

それは当時よく遊んでいた女の子から言われた何気ない一言でした。

「やっぱ男は500万くらい稼いでないとだめよね~」と。

なんでも、当時その子は夜な夜な大企業の転勤族と「飲み友」として遊んでいたみたいですが、その場に一緒に行く友人達と結婚について話していた時にそういう話をしたとのことです。

この時は頭をかち割られたと思いましたね。

ちなみに当時の年収は150万円ほどです。

・・・500万はあまりにも高い壁だった。

どうやってもそこに辿りつける気はしませんでした。

実際、その職場でフルに働いてもパートであれば年収は220万程度でしたね。

それすらも遠い金額です。

 

「よし、環境を変えるしかない。稼ぐぞ。」

「いつかその足元にビッグマネーを叩きつけてやる。」

 

ま、一言で言うと好きだった子にそんなこと言われてショックだったんですね。

挫折は人を強くするようです。

 

決意を胸にし、このコールセンターを後にしました。

 

 

 ●その後一年は転々とする

さて、意気込んで外の世界に出たもののその後一年間はまったくうまく行きませんでした。

1社目は別の系統のコールセンターへ行きましたが、まったく面白くなかったので半年であえなく辞め、2社目は法人相手に一日150~200件営業電話をかけるというグレーな商材を売る軍隊系の会社に入りました。

ここは最終的に正社員登用の話がありましたが、月給18万+インセンティブと言われ断って辞めました。

ちなみに時給は1社目は1400円・2社目は1300円とぼちぼちでしたが、爆発的に稼ぐというわけでもなく、かと言って仕事が面白いわけでもなくとフラストレーションが溜まる一年間でした。

 

しかし、この次に入る会社が自身のキャリアには大きな二つ目の成功体験となります。

本編はここまで。次回「コールセンター編その2」。

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ

まさかの体調不良を起こす

もるとです。

 

タイトルの件。

前兆は普通にあったのだ。

喉の奥がちょっと違和感あるなーと思い、放置していたのだがまさかの胸焼けチックな症状が昨日くらいから出てきた。

調べてみると、なんだか病院に行った方がよさげな感じ。

 

ありがたいことに普段は基本的に健康であまり病気もしないんだけど、こういう風にたまに体調崩すとけっこう怖くなる。

ということで午後から半休を取り、家の近くの内科へ突撃。

 

結果はWebで見立てた通り、逆流性食道炎だった。

胃の入り口当たりに少し炎症があったのだ。

とりあえずがん細胞とかは無いようでそこは一安心。

 

薬を処方してもらったので今日から約二週間程度は服用することに。

これで無事に治ってくれることを願う。

 

そして、一つ今日から新たに始めたことがある。

当分お酒は控えようと思う。

26日に友人と会うので、その日だけはもしかしたら飲むかもしれないがそれ以外はノンアルコールで過ごすつもり。

中田あっちゃんのYouTubeを見て、アルコールとの付き合い方をそろそろ考えねばと思ってたところなのでちょうど良い機会だ。


www.youtube.com

酒は大好きなので、飲めないのは寂しいけど頑張って取り組んでいこう。

炭酸水で晩酌するかな。

 

最後に本日の気になったこと。

相変わらず元ツイの方は色々と物議を醸すね。

さすがインフルエンサーというのは違うなと思わされた1コマでした。

コツコツと投資してるとそれがすごく当たり前のことだから、良くも悪くも相場が凪の日と感じることが多くなる。

でも世の中にはこういう激しい動きの金融商品に手を出している人もたくさんいるんだろうね。

自分も数年前の初心者時代にFXでやられた時もあったな。

今回もしやられた人がいたら「あの時の経験があって今がある。」という思いを持てるようになってほしいと思います。

偉そうですみません。

 

まとめると。

相場よりも、からだがだいじ!!

今日も一日お疲れ様でした。

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ

これまでの仕事歴を振り返ってゆく②(宴会スタッフ&スーパー品出し店員編)

f:id:fi35:20210616210652j:plain

もるとです。

今日は前回のこの記事の続きです。

 

fi35.hatenablog.com

 

 ●ホテルで配膳をやる

さて、凹んではいたものの学生ではないのですぐに次の仕事を見つける必要があります。

ボランティア活動を優先しつつできる仕事はないかということで探した結果、ホテルでの配膳業務をタウンワークで目にしました。

高校時代に友人がしていたバイトということで気になり、時給も1000円程度と高水準(?)だったので応募。

無事に採用されました。

余談ですが、当時の最低時給はおよそ700円前後だった気がします。

板金塗装工見習いは時給換算すると800~900円程度だったため、当時の自分としては高給な仕事でした。

 

配膳人とは何かというと、一言で言うと宴会のスタッフです。

具体的には平日は企業の懇親会でのウェイター、週末は婚礼のウェイターをやっていました。

料理の配膳に加え、会場の設営(テーブル・椅子・食器のセット、パーティションの配置)が主な仕事内容でした。

ウェイター業務で覚えた料理皿の3枚持ち、フォーク・スプーンを箸の様に使って取り分けをする技術は今でも役に立っています。

 

最初に仕事を始めた時の感触はまぁまぁ良かったです。

というのもその理由は至極単純で「おぉ!前職と違い言われたことがちゃんとできる!!」と思っていたからですね。

いすを出す机を並べる料理を出すという仕事なので、できて当たり前と言えば当たり前です。

ただ前職で最後までまったくものにならなかったことがあり、仕事が「一応形になっている」というだけで自分としては大喜びでした。

 

とはいえ、そう楽観したのも一瞬。

激しい洗礼をどんどんと浴びることになります。

まず、この業界はめちゃくちゃ体育会系でした。

男も女もひたすらにキレる。

先輩が死ぬほど怖かったですね。

 

宴会と宴会のあいだには「どんでん」と言われる宴会場の作り替えがあります。

どんでん返しをするがごとく短時間で前の宴会の後片付けをし、次の宴会のセットに作り替えるわけですね。

新人は最初この現場にとりあえず放り込まれることが多いのですが、そこで何をしていたらいいかわからずまごまごしていたらもうアウトです。

速攻で怒号が飛んできます。

年上のきれい系のお姉さんから怒られるのは今ならご褒美ですが、この時はただただ怖かったです。

 

そんなヘビーな配膳の仕事ですが、楽しかったこともありました。

たまにですが、宴会の残り物のおこぼれにあずかってホテル飯を色々食べたのはいい思い出ですね。

中でもうまかったのは、とあるフレンチレストランでのウエディングフルコース。

この時に失敬したフォアグラや鴨、そしてデザートのケーキが特に絶品でした。

フレンチのケーキなのでしっかり重いのですが、なぜかスッと上品に体に入っていく感じ。

記憶が美化されてるところもあるかもしれませんが、あれほど美味しいケーキは他に食べたことがない気がします。

 

食べ物以外のいい思い出だと、とにもかくにも可愛い子が多かったことです。

JDパラダイスですね。

可愛い子と同じ宴会に入る時はめちゃめちゃテンションあがってました。

しかし。この時年齢は20歳位で一番恋愛等に精を出してもいい頃なのですが誰かと付き合ったりということはありませんでした。

ボランティアの方に気持ちを集中させていたため、アイドル顔負けの恋愛御法度令を自らに課していましたね。

振り返って感想を述べて良いなら、「惜しいことした」。

この一言しかありません。

まぁその後多少挽回できたのでよしとします・・・。

 

そのボランティア活動に邁進していたため、働き方は相変わらず平日2日+土日の週4日程度でした。

月給も変わらず10万程度。

薄給中の薄給ですが、それでも好きなことができていたのでそれなりに気分は充実していました。

 

しかし、ほどなくしてその気持ちにもぼちぼち限界がやってきます。

仕事を始めて一年後くらい、早いですがもう気持ちの方がボロボロになっていました。

プライベートがそこそこ忙しかったこともあり、ホテルの仕事は体力的にきつくなりだしました。

ボランティア活動が終わり急いで出勤、会場に入ると椅子を一度に何脚も抱える・重いテーブルを両脇に抱えるなどがっつり体を使います。

おかげで宴会の前後はいつも汗だくでした。

通勤には毎度30分以上かかり、着いたらやたら怒られ、仕事のモチベーションは下がりさらに怒られ体力が消耗していく。

おまけに交通費も出ないなど、お金の面での不満も出てきていました。

「さすがにこのままではジリ貧だ」と思い、ホテルの仕事を減らせないかと真剣に考え始めます。

 

 ●新たにスーパーで早朝品出し開始(ホテル配膳とのWワーク)

そんな折、知人が地元のスーパーで早朝の品出しをしているという情報を耳にします。

早朝に働けば昼の時間がさらに空く、そしてホテルの仕事を大幅に減らすことができる。

中々のグッドアイディアじゃないか!と思い、応募してみると即採用。

朝6時~10時という時間帯で週5で働き始めます。

これも時給は1000円程度、一ヶ月で6~7万の収入だったと記憶しています。

 

このスーパーの仕事は、先のホテル配膳人の仕事と並行して2年間ほど働きました。

とにかく朝が眠かったですが、それなりに楽しかったです。

元々料理が好きということもあり、食材の陳列というこの仕事は性に合っていました。

ちょうどお酒にのめり込み始めたころだったので、酒コーナーの陳列が最高に楽しかったですね。

ワイン・焼酎・ウイスキーなどを見ているだけで幸せという変態でした。

また当時は食べるラー油などが流行りだしたころで、そういった新商品を見れるという楽しみもありました。

 

 逆にしんどかったのは冷凍食品の陳列で、冬場は特に手がものすごくかじかんで痛くなっていました。

あとは農作物。

玉ねぎやじゃがいも、キャベツの箱重すぎ。

腰が壊れるかと思いながら抱えていました。

農作物担当の日は憂うつでしたね。

うん、当時から根性無し、肉体労働だめですね(笑)

 

人間関係についてはおじさんおばさんが多かったのですが、その中で若かった自分はよく可愛がってもらっていました。

田舎ということもあり、みんな人柄が優しかったです。

社員の方にも色々と親切にしてもらっていました。

そして何より、しんどかったホテルの仕事を三分の一程度に減らせたのが相当嬉しかったです。

 

 

さて、高校を卒業後に春から板金見習いをして夏に辞め、そこから一年ホテル一本で仕事をし、さらにそこから2年スーパー品出し&ホテルでの仕事をしたことで社会人になって早くも3年半が経過しました。

何にもプラスにならないキャリア…とは言えませんが中々将来性のない若者ですね。

しかし、そんな時にまたもや転機がありこの2つの仕事をどちらも辞めて別の仕事を開始します。

次回から「肉体労働卒業編」です。

果たしてどんな仕事を始めるのでしょうか。

お楽しみに!! 

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ

30代前半派遣社員のリアルな給与(2021年6月)

f:id:fi35:20210517212700j:plain

もるとです。

 

サラリーマンにとって至福の日である給料日。

今月も無事生きて迎えることができました。

一回一回がFireへの貴重な足跡になります。

果たして今月はいくら稼げたのか。

それではいってみましょう!

 

総支給:309,260円 

基本給:233,120円

残業手当:47,000円

有給取得:29,140円

各種控除:47,553円

手取り:261,707円

 

先月の手取り約31万と比較するとぐっと減りました。

これはGWの期間があったのでしょうがないことです。

社会保険のからみもあるので多少減るのはむしろ歓迎というところかなと。

ただし、今月からはがっつり稼いでいきたいと思います。

 

ちなみに今日はこんなことがありました。

少し前に正社員登用試験があり受験していました。

結果は無事受かってましたね!

とりあえずめでたい^^

 

とはいえ、ツイートの通り条件が別途提示される様なのでそれを見て決めようと思います。

今のところ、受ける確率は正直低いです。

よっぽどいい条件でない限り微妙と思っています。

この辺の気持ちも「仕事歴」シリーズに書いていきますね。

 

今月も頂けた収入に心から感謝。

しかし、命の貴重な時間をお金に換えていることを忘れず。

このお金を使い、いつかは心に余裕を持って時間を有意義に使える様に。

セミリタイアという目標に向け一歩一歩前進していく。 

 

ブログ村やってます

ぜひポチッとお願いします^^

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へにほんブログ村 株ブログ 投資信託へにほんブログ村 株ブログ 米国株へ