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これまでの仕事歴を振り返ってゆく②(宴会スタッフ&スーパー品出し店員編)

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もるとです。

今日は前回のこの記事の続きです。

 

fi35.hatenablog.com

 

 ●ホテルで配膳をやる

さて、凹んではいたものの学生ではないのですぐに次の仕事を見つける必要があります。

ボランティア活動を優先しつつできる仕事はないかということで探した結果、ホテルでの配膳業務をタウンワークで目にしました。

高校時代に友人がしていたバイトということで気になり、時給も1000円程度と高水準(?)だったので応募。

無事に採用されました。

余談ですが、当時の最低時給はおよそ700円前後だった気がします。

板金塗装工見習いは時給換算すると800~900円程度だったため、当時の自分としては高給な仕事でした。

 

配膳人とは何かというと、一言で言うと宴会のスタッフです。

具体的には平日は企業の懇親会でのウェイター、週末は婚礼のウェイターをやっていました。

料理の配膳に加え、会場の設営(テーブル・椅子・食器のセット、パーティションの配置)が主な仕事内容でした。

ウェイター業務で覚えた料理皿の3枚持ち、フォーク・スプーンを箸の様に使って取り分けをする技術は今でも役に立っています。

 

最初に仕事を始めた時の感触はまぁまぁ良かったです。

というのもその理由は至極単純で「おぉ!前職と違い言われたことがちゃんとできる!!」と思っていたからですね。

いすを出す机を並べる料理を出すという仕事なので、できて当たり前と言えば当たり前です。

ただ前職で最後までまったくものにならなかったことがあり、仕事が「一応形になっている」というだけで自分としては大喜びでした。

 

とはいえ、そう楽観したのも一瞬。

激しい洗礼をどんどんと浴びることになります。

まず、この業界はめちゃくちゃ体育会系でした。

男も女もひたすらにキレる。

先輩が死ぬほど怖かったですね。

 

宴会と宴会のあいだには「どんでん」と言われる宴会場の作り替えがあります。

どんでん返しをするがごとく短時間で前の宴会の後片付けをし、次の宴会のセットに作り替えるわけですね。

新人は最初この現場にとりあえず放り込まれることが多いのですが、そこで何をしていたらいいかわからずまごまごしていたらもうアウトです。

速攻で怒号が飛んできます。

年上のきれい系のお姉さんから怒られるのは今ならご褒美ですが、この時はただただ怖かったです。

 

そんなヘビーな配膳の仕事ですが、楽しかったこともありました。

たまにですが、宴会の残り物のおこぼれにあずかってホテル飯を色々食べたのはいい思い出ですね。

中でもうまかったのは、とあるフレンチレストランでのウエディングフルコース。

この時に失敬したフォアグラや鴨、そしてデザートのケーキが特に絶品でした。

フレンチのケーキなのでしっかり重いのですが、なぜかスッと上品に体に入っていく感じ。

記憶が美化されてるところもあるかもしれませんが、あれほど美味しいケーキは他に食べたことがない気がします。

 

食べ物以外のいい思い出だと、とにもかくにも可愛い子が多かったことです。

JDパラダイスですね。

可愛い子と同じ宴会に入る時はめちゃめちゃテンションあがってました。

しかし。この時年齢は20歳位で一番恋愛等に精を出してもいい頃なのですが誰かと付き合ったりということはありませんでした。

ボランティアの方に気持ちを集中させていたため、アイドル顔負けの恋愛御法度令を自らに課していましたね。

振り返って感想を述べて良いなら、「惜しいことした」。

この一言しかありません。

まぁその後多少挽回できたのでよしとします・・・。

 

そのボランティア活動に邁進していたため、働き方は相変わらず平日2日+土日の週4日程度でした。

月給も変わらず10万程度。

薄給中の薄給ですが、それでも好きなことができていたのでそれなりに気分は充実していました。

 

しかし、ほどなくしてその気持ちにもぼちぼち限界がやってきます。

仕事を始めて一年後くらい、早いですがもう気持ちの方がボロボロになっていました。

プライベートがそこそこ忙しかったこともあり、ホテルの仕事は体力的にきつくなりだしました。

ボランティア活動が終わり急いで出勤、会場に入ると椅子を一度に何脚も抱える・重いテーブルを両脇に抱えるなどがっつり体を使います。

おかげで宴会の前後はいつも汗だくでした。

通勤には毎度30分以上かかり、着いたらやたら怒られ、仕事のモチベーションは下がりさらに怒られ体力が消耗していく。

おまけに交通費も出ないなど、お金の面での不満も出てきていました。

「さすがにこのままではジリ貧だ」と思い、ホテルの仕事を減らせないかと真剣に考え始めます。

 

 ●新たにスーパーで早朝品出し開始(ホテル配膳とのWワーク)

そんな折、知人が地元のスーパーで早朝の品出しをしているという情報を耳にします。

早朝に働けば昼の時間がさらに空く、そしてホテルの仕事を大幅に減らすことができる。

中々のグッドアイディアじゃないか!と思い、応募してみると即採用。

朝6時~10時という時間帯で週5で働き始めます。

これも時給は1000円程度、一ヶ月で6~7万の収入だったと記憶しています。

 

このスーパーの仕事は、先のホテル配膳人の仕事と並行して2年間ほど働きました。

とにかく朝が眠かったですが、それなりに楽しかったです。

元々料理が好きということもあり、食材の陳列というこの仕事は性に合っていました。

ちょうどお酒にのめり込み始めたころだったので、酒コーナーの陳列が最高に楽しかったですね。

ワイン・焼酎・ウイスキーなどを見ているだけで幸せという変態でした。

また当時は食べるラー油などが流行りだしたころで、そういった新商品を見れるという楽しみもありました。

 

 逆にしんどかったのは冷凍食品の陳列で、冬場は特に手がものすごくかじかんで痛くなっていました。

あとは農作物。

玉ねぎやじゃがいも、キャベツの箱重すぎ。

腰が壊れるかと思いながら抱えていました。

農作物担当の日は憂うつでしたね。

うん、当時から根性無し、肉体労働だめですね(笑)

 

人間関係についてはおじさんおばさんが多かったのですが、その中で若かった自分はよく可愛がってもらっていました。

田舎ということもあり、みんな人柄が優しかったです。

社員の方にも色々と親切にしてもらっていました。

そして何より、しんどかったホテルの仕事を三分の一程度に減らせたのが相当嬉しかったです。

 

 

さて、高校を卒業後に春から板金見習いをして夏に辞め、そこから一年ホテル一本で仕事をし、さらにそこから2年スーパー品出し&ホテルでの仕事をしたことで社会人になって早くも3年半が経過しました。

何にもプラスにならないキャリア…とは言えませんが中々将来性のない若者ですね。

しかし、そんな時にまたもや転機がありこの2つの仕事をどちらも辞めて別の仕事を開始します。

次回から「肉体労働卒業編」です。

果たしてどんな仕事を始めるのでしょうか。

お楽しみに!! 

 

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